これは石崎研究室が提唱する研究思想「実学基点数理(Practice-Grounded Mathematical Science)」の全体像です。
数理学は本来、現実世界を理解して、未来を構想するための強力な言語です。しかし、私たちが直面している社会課題──電力システム改革、情報通信高度化、社会制度設計──は、非線形性、不均一性、制約、偶発性といった多様な「個性」に満ちており、必ずしも理想化された数理学の世界にそのまま当てはまるものではありません。
そこで私たちは、従来の「理論から応用」ではなく、「まず現実の個性を深く理解して、そこから数理を立ち上げる」という、これまでとは逆方向の知の流れを重視しています。それが、実学基点数理というアプローチです。
実学基点数理では、実社会の課題を単なる「応用対象」とは考えません。むしろ、物理制約や制度設計上のルール、分散化された通信・制御アーキテクチャなど、実課題に固有の構造(個性)を基点にして新たな数理構造を抽出していきます。
その数理は、単に問題を記述するだけではなく、再び現実に適用されて、設計されたシステムや制度に理論的な動作保証を与えます。個別の課題を深く理解することで数理の新領域が生まれ、それがまた実社会の課題解決につながっていく──そのスパイラル型の知の循環こそが私たちの研究の中核です。
従来の数理学が「普遍性」を追い求めてきたのに対し、私たちの研究は「特殊性」すなわち実課題の「個性」と正面から向き合います。たとえば、電力システムに現れる力学的エネルギー関数の特殊構造や、情報通信システムにおける時空間的な情報伝搬の制約構造は、それぞれが「特殊性」であると同時に、そのシステムにしかない深い数理的意味を持ちます。
実学基点数理では、そのような個性を出発点として数理を構築することで、現場の特殊性を尊重しながら、それを通じて新しい普遍的構造を発見することを目指しています。結果として、普遍性と特殊性が単に対立するのではなく、お互いを豊かにする知の往還が生まれるのです。
私たちは、未来の社会構造を技術で「処理」するのではなく、科学の言葉で「構想」することが求められていると考えています。そのためには、実課題の個性を出発点としながら、理論と応用、技術と制度のあいだを橋渡しできる新しい数理のかたちが必要です。
システム制御理論や数理最適化を駆使して、ネットワーク構造と制御の統合設計や分散型インフラの頑健化のような新たな技術課題にも挑みながら、私たちはこの「実学基点数理」という思想を軸に理論と現場を結び、未来社会を構想する数理学の実現を目指しています。