これは、石崎研究室が大切にしている研究の考え方 「実学基点数理(Practice-Grounded Mathematical Science)」の全体像です。実学基点数理とは、現実の課題を深く理解し、そこから数理を展開して、その数理を再び現実のシステム設計へ活かす研究の考え方です。
数理学は、現実の世界を理解し、複雑なシステムを見通しよく捉えるための強力な学問です。一方で、私たちが向き合うべき社会の課題は、教科書に載っている理想的な数理モデルのように単純ではありません。
例えば、電力システムには、発電機やインバータ、送電網、需要家、市場制度、運用ルールが複雑に関わっています。情報通信システムでは、多数のデバイス、通信リンク、時刻同期、信頼性、計算資源が相互に影響し合います。
このような現実のシステムには、非線形性、不均一性、不確実性、物理的な制約、制度上の制約など、対象ごとの「個性」があります。実学基点数理では、これらの個性を単なる複雑さや面倒な条件として扱うのではなく、数理的な理解や設計原理を深める「出発点」として捉えます。
従来の研究では、まず理論がありそれを現実の問題に応用する、という流れがよく見られます。もちろん、そのような研究も重要です。
しかし、私たちはそれに加えて、逆向きの流れを大切にしています。つまり
現実の課題を深く理解し、その裏に潜む本質的な構造を見つけ、その構造から新しい数理を展開する
という考え方です。
実社会の課題は単なる「応用先」ではありません。むしろ、実課題には既存理論だけでは十分に捉えきれない本質的な構造が含まれています。電力システムに現れるエネルギー構造や通信ネットワークにおける情報伝搬の制約などは、その一例です。
これらを丁寧に理解することで、単に既存理論を使うだけではなく、今の時代に即した問題設定や設計原理を生み出すことができます。
実学基点数理は、現実の課題を理解して終わるものではありません。現実から見つけた構造を数理として整理し、その数理をもう一度、現実のシステム設計へ戻していきます。例えば
複雑な電力システムを安定に動かすには、どのような制御構造が必要か
多数のデバイスがつながる通信システムでは、どの情報をどのタイミングで共有すべきか
外乱や不確実性がある中で、システム全体の信頼性をどのように保証すべきか
分散化された社会インフラを、どのように協調的に設計すべきか
といった問いを、数理の言葉で扱える形にしていきます。
その目的は、単に現象を説明することではありません。実際に設計されるシステムに対して、安定性、頑健性、効率性、信頼性などの観点から、理論的な見通しや保証を与えることです。
現実の課題から数理をつくり、その数理を再び現実の設計へ活かす。この循環を通じて、私たちは「理論と実学のあいだを往還する研究」を進めています。
これからの社会では、エネルギー、通信、計算、モビリティ、ロボット、人間、制度などが、ますます複雑につながっていきます。そのような社会では、個々の要素技術を高性能化するだけでは十分ではありません。
重要なのは
どの要素をどのようにつなぎ、どこで情報を共有し、どのようにフィードバックをかけ、全体として安全で信頼できるシステムを実現するか
という視点です。これは、システム制御理論が得意とする問いです。
石崎研究室では、電力システムや情報通信インフラを中心として、ネットワーク構造と制御の統合設計、分散システムの安定化、社会インフラの頑健化といった課題に取り組んでいます。その中で私たちは、数理学を単なる解析の道具としてではなく「未来の社会システムを構想し設計するための言語」として発展させたいと考えています。
石崎研究室が目指しているのは、理論と現実のどちらか一方に閉じた研究ではありません。
現実の課題を深く理解し、そこから数理を展開する
その数理を使って、複雑なシステムを見通しよく捉える
さらに、その理解をもとに、よりよい社会システムの設計へつなげる
このような実学基点数理の研究を通じて、私たちは、既存の数理を現実に無理に当てはめるのではなく、現実の個性から数理を育て「複雑な社会システムを設計可能な対象として捉え直すための視座」を提示します。